「動くな」
小さいくせにやたらと重そうな服を着込んでいる。邪魔だが、脱がせるわけにもいか
ない。人間は毛皮の替わりに服を着なければならず、それも滅多に脱がないからだ。
丁寧に、その中へ舌を入れるが、彼女は身をよじるようにしてそこから逃れようとする。
「あ……ねえ、だめだってば……きゃ! あは……あははは」
「黙ってろ」
少女は、奇妙な笑い声をあげている。
「にゃ! ……ほんと……だ、だめだって! ん……」
次第に押し殺したような吐息が混じり、ようやく、彼女が嫌がっているのがわかった。
舌を止めると、崩れ落ちるように腰をつき、恨みがましい目でじっとこちらを見つめた。
「……えっち」
「何を言ってるんだ? そのまま放っておくと、臭うぞ」
「あ、あとでお風呂に入るから良いんだもん」
風呂という単語に、嫌な思い出が蘇る。あんなものに喜んではいるのは、人間くらい
なものだ。
「勝手にしろ」
しかし、よぎった記憶は、すぐさま薄れていった。
「ふう……もう、いきなり変なことしないでよ……」
小さな人間は頬をふくらませ、それからまた、笑顔になった。
「ミルク、美味しかった?」
「……そうだな」
それだけ答え、もういい加減帰ろうかと思ったが、最初の質問の答えをまだもらって
いない。
「おまえはいったい、なんなんだ?」
少女は驚いた顔をして、それから目を閉じた。かすかに首を横に振り、再び目を開け
た時には、笑顔とも、泣き顔ともつかない顔をしていた。
「私にも、よくわからない」
呆れたような顔をして、猫さんは「変なやつだな」と言った。それからもう用は済ん
だとばかりに台所から飛び降り、窓へ向かって歩いていく。その背中にもう一度、昨日
と同じ言葉をかけた。
「またね」
今度はしっぽが、一度だけ大きく左右に振られた。
それが「わかった」という合図なのか、それとも「もう来ない」という意思表示なの
かは判断がつかなかったけど、明日もまた、ミルクを用意することだけは、決めていた。
こぼれてしまったミルクと皿を、さてどうしようかと考えていると、ドアの開く音が
した。
「あ……ど、どうしよう」
急いで皿を流し台に動かそうとしたが、勢い余って、二度目の入浴となってしまった。
あまりの自分の馬鹿さ加減に泣きたくなっていると、頭上から声がかけられる。
「……なにをやってるのかな?」
意地になって、私は答えた。
「お風呂……後で、もう一度入る予定だけどね」
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